2001年度第14回抄読会 15 Oct 2001          担当:大場博幸
Ronald E. Day (Wayne State University). Totality and Representation: A History of Knowledge Management through European Documentation, Critical Modernity, and Post-Fordism. JASIST, Vol.52 No.9, 2001, p.725-735.
--------1.Introduction--------
  
ナレッジマネジメント(以下KM)の歴史研究は経営学分野で行われてきたが、社会的背景まで考慮したより広い文脈でなされてきたとは言い難い。以下では、資本主義的生産に関連づけて、KMの歴史的かつ理論的な説明を付与することを目的とする。KMをその文化的背景から理解するには、KMの出現を自然なもの・歴史の必然と見なしてしまいがちなKMに肯定的な言説よりも、批判的な言説をより多く検討する方が良い。2章で20世紀初頭から半ばまでを"modern"としてドキュメンタリストや社会批評家を、3章で20世紀後半を"postmodern"としてイタリアのマルクス主義者らを、それぞれ対象とした。
  
KMは、コード化されかつ商品化された知識しか保存または操作することができない。そうした知識は、言語的に表現されて体系的に位置づけられうる可能性に依存する。ところが、KMは、技術的手段を用いて、「過剰なもの」−不合理かつ暗黙のものである知識−を客観的で明白な知識として組織化し管理しようとする。過剰は、合理主義的な資本主義的生産の外部に存在する。これを操作可能なものと考えるか否かは、思考や言語共同体についての二つの異なった理解を示している。操作可能と考えるならば近代主義者である。彼らは、KMを富の生産に関連するものとして把握してきた。そう考えない者は、postmodernを形成する流れであり、暗黙知を合理主義の外部にあるものとして維持しようとする。
  
KMはそれを必要とする社会的生産体制に依拠して理解しうる。特に、KMは言語を潜在的に問題としているので、「情報」と「コミュニケーション」の概念が重要である。
--------2.Modernity and Totality--------
    
2.1.European Documentation: Totality as Representation and Systemic Production
  
情報とコミュニケーションの技術の発展と、知識を管理・運営する組織的な技術の発展の歴史において、ヨーロッパのドキュメンテーションが20世紀初頭では最も重要である。その第一人者であるOtletは、百科事典的知識の支持者として、グローバルな全体性という書誌学的なビジョンを持っていた。彼は、本など諸メディアを概念や事実をその中に含むものと考えており、事実間の矛盾は他の事実を相対させることで解決すると考えた。また、知識は知覚可能な形で表現されかつメディアを通して伝達可能だと考えた。それは、UDCに従って組織された1800万の事項を含む目録であるRepertorie bibliographic universalという業績に結実する。
  
第二次大戦前後のドキュメンテーションを先導したSuzanne Brietは、Otletの普遍的な書誌という夢を批判し、代わりにローカルなコレクションの役割を強調した。彼女にとって、知識は、文書に含まれているというだけでなく、動的で素早い、正確なシステム内で組織されるべきものであった。Brietはドキュメンテーションを、当時の産業的・科学的ニーズに答えることを中心的役割とした技術として提示した。Otletと彼女の差異は重要である。前者は、存在する知識を整理することを目指したのに対し、後者は科学的に示された現実を表現することを目指した。この時、情報管理からKMへと飛躍が起こったのである。
    
2.2.Mid-Century Critiques of Knowledge Representation
  
20世紀ドキュメンテーションを支えていた信念に対しては二つのタイプの批判者が考えられる。Martin HeideggerとWalter Benjaminである。彼らはOtletとBrietが示した知識を道具的に扱えると見なす理解とは異なった知識観を提示する。
    
2.3.Martin Heidegger
  
情報技術やサイバネティクスに対する考察は、目立たないがハイデガーによって繰り返し取組まれていた。そのポイントは「意味」の発生にある。ハイデガーに従えば、知識は言語と切り離せず、言語は話者とは切り離せない。知識が特定の場所と時間を背景に持つ話者と分離できないならば、正確でスムーズな伝達は成功しない。客観的な知識とは、意味を安定化させる技術と技能によって可能となる。そうした技術や技能が、理解のパターンにはめることで意味にまつわる存在の関わりを消し去ることができるからである。「情報」とその技術は意味から歴史性を取り去る。同時にそれは理解の他の仕方を抑圧するものである。
    
2.4.Walter Benjamin
  
ベンヤミンは知識を二種類の経験−公的な経験と私的な経験−から把握する。公的な経験とはブルジョワ的な夢と生産の神話の結合である。夢の例はBrietの科学主義であり、今日では「情報化社会」である。全体を包含し体系化するために、それは現実の矛盾を包み隠す。そうした生産の例として彼はジャーナリズムを挙げる。ジャーナリズムは特定の場所や時に起こった読者とは無関係な事件を普及させることで、読者の個人的な経験をコミュニケーションから疎外する機能をもつ。公的な経験が私的な領域を排除するのである。私的な経験は客観的知識を越える過剰として理解される。ベンヤミンのコミュニケーション技術に対する理解は『複製技術時代の芸術作品』に集約されている。彼は、ハイデガーとは異なり、複製技術によって私的な経験を公的な経験に侵犯させることができると考えた。ベンヤミンは排除されつつある私的な経験の復権を考えていたのである。
--------3.Post-Fordism--------
  
現代のKMを理解するのにもっとも適した文脈は1980-90年代に「ポスト・フォード主義」と呼ばれた状況である。フォード主義とは、分業化された合理的な工程ラインに象徴される生産体制として一般に理解されている。それに加えて、生産様式に合う規格化された労働力となるよう労働者に強要する社会体制も意味する。それは職人や熟練労働者を機械化等によって大衆的な性格を持つ半熟練労働者に置き換える。フォード主義の危機は「柔軟な」経済の登場と、消費者の多様な要求に答えようとする経営システムの導入によって訪れた。Agostinelliは危機を、グローバルな経済競争と労働力、自然資源の欠乏によって引き起こされたと説明し、Negliは若い労働者らの消費する欲望の拡大と労働団体への帰属の忌避によって説明する。これらは70年代以降に拡大した現象である。
  
フォード主義は消費者に選択肢を与えることを考えたが、ポスト・フォード主義はマーケティングにより選択をコントロールすることを考える。ここでは、消費者についての知識はカンバン方式・在庫無しのシステムを成功させるための重要な要素となる。消費者の嗜好についての知識は資源として認識される。また、業務の定義が「柔軟」になり、最大の利潤に見合うよう業務を上手く組織する手だてとして情報技術が採り入れられたことも特徴である。さらに、大企業が行なう社会の外観を変えるような規模での宣伝活動も無視できない。消費者の嗜好への生産の侵入は、私的領域が公的領域の管理下に入ったことを意味する。KMはその手段となり、言語的に表現し難いニーズを掘り起こして可視のものとする。
  
ポスト・フォード主義的思考は国家的規模でも浸透した。福祉国家の時代と異なり、現在の国家の役割は労働者=消費者を市場のニーズに沿うよう再教育・再訓練することである。ニーズに合わない私的な部分は、余計なものとして公金支出の対象外となる。社会の全体的管理のためにも、KMが要求されるのである。
--------4.Conclusions--------
  
この論文では、情報とコミュニケーション技術に関連するKM的な言説が20世紀全体を通じて存在し、組織的であるだけでなく社会的・政治的なルーツを持つものであることを示した。その究極の目標は社会全体を規則化し操作可能なものにすることである。KMは近代主義者の理想の拡張であり、単なる流行として見過ごしてしまうと、再び意匠を代えて現れるであろう。
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